学校というシステムそのものから、距離を置く動き
ここまでのページでは、学校というシステムの内側で教職員が抱える負担を見てきました。一方で、その学校というシステムそのものと距離を置き、別の学びの場を選ぶ子どもや家庭も、年々増え続けています。象徴的なのが、通信制高校の在籍者数です。
| 年度 | 在籍生徒数 | 備考 |
|---|---|---|
| 2020年度 | 206,948人 | |
| 2021年度 | 218,389人 | |
| 2022年度 | 238,267人 | |
| 2023年度 | 264,797人 | |
| 2024年度 | 290,087人 | 過去最高を更新。公立は3年連続、私立は28年連続の生徒増 |
出典:文部科学省「学校基本調査」(各年度5月1日現在)
増えているのは、主に私立通信制高校
全体の約8割を占めるのが私立通信制高校で、公立・私立とも生徒数を増やしている点が特徴です。角川ドワンゴ学園が運営する「N高等学校・S高等学校」は2校合わせて3万2,460人が在籍し、私立通信制高校の生徒数の1割以上を占める規模になりました。ここ数年は、もともと全日制課程を持つ高校が新たに通信制課程を設置するケースも増えており、2021年度から2025年度までの5年間に新設された私立通信制高校72校のうち、約7割にあたる48校が全日制高校による新設だったことも分かっています。また、女子生徒の比率が高まっているのも近年の特徴で、全日制・定時制では男子比率が高いのとは対照的です。
「毎日教室に行く」ことが前提でなくなる
全日制・定時制高校では、毎日決まった時間に登校し、時間割どおりに授業を受けることが基本的な前提になっています。出席日数や単位の不足があれば留年もあり得ます。これに対して通信制高校は、公立であれば月1〜2回程度、私立であれば学校によって毎日通うコースから年数回のスクーリングのみのコースまで、登校の形を選べる仕組みになっています。この「毎日・同じ時間に・同じ教室で」という前提そのものを外せることが、多くの生徒や家庭に選ばれている理由の一つです。
コロナ禍が「在宅での学び」への抵抗感を下げた
通信制高校の在籍者数が2020年度以降に急速に伸びている背景には、新型コロナウイルスの流行も無視できない要因として存在します。一斉休校をきっかけに、多くの家庭や学校が否応なくオンライン学習を経験したことで、「毎日教室に通わなくても学べる」という選択肢が、特別なものではなく現実的な選択肢として社会に受け入れられやすくなりました。GIGAスクール構想の整備が前倒しされ、児童生徒1人1台端末が急速に普及したことも、こうした学び方の変化を後押ししています。社会全体でリモートワークが定着し、「毎日同じ場所に通う」ことが働き方の唯一の前提ではなくなったことと、通信制高校が選ばれやすくなったことは、同じ時代の空気を共有した、地続きの変化だと考えられます。
不登校35万人に対して、受け皿はまだ一部
文部科学省は2023年、不登校の児童生徒を「問題行動」として扱うのではなく、個々のニーズに応じた多様な学びの機会を確保するとした「COCOLOプラン」を打ち出しました。その柱の一つが、不登校児童生徒のための特別な教育課程を編成する「学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)」です。2025年時点で全国23都道府県に58校が設置されており、数としては年々増加していますが、小中学校だけで35万人を超える不登校児童生徒がいることを踏まえると、学びの多様化学校に実際に通えている子どもは、まだごく一部にとどまります。
フリースクール・オルタナティブスクールという選択肢
学びの多様化学校が学校教育法に基づく「正規の学校」であるのに対し、フリースクールは主に民間の団体や個人が運営する学校以外の居場所・学びの場です。運営主体は個人の思いから始まったところ、学習塾を母体とするところ、大手企業や学校法人が関わるところまで幅広く、教育理念やカリキュラムを独自に持つ「オルタナティブスクール」と呼ばれる形態も含まれます。在籍校の校長が認めれば、フリースクールでの活動が指導要録上の出席として扱われる場合もありますが、その判断は学校や教育委員会に委ねられており、地域や学校によって対応に差があるのが実情です。
高校を「辞める」という選択も、緩やかに形を変えている
高校の中途退学者数は、年間10万人を超えていた1990年代と比べると減少し、現在は年間5万人前後で推移しています。中退理由としては「学校生活・学業不適応」が最も多く、全体の3割超を占めます。中退そのものは減少傾向にありますが、その背景には、進路変更が必要になる前に、はじめから全日制ではなく通信制を選ぶという「進路選択の変化」が起きている可能性も指摘されています。つまり、中退者数の減少と通信制高校在籍者数の増加は、無関係な現象ではなく、同じ流れの表と裏として捉えることもできます。
「学校に来させる」から「選ばれる」へ
ここまで見てきた通信制高校の急増、学びの多様化学校やフリースクールの広がり、コロナ禍を経て浸透した「無理に登校しなくてよい」という意識、そして特定の行事だけを選んで欠席するという細かな選択の積み重ね。これらは、一つの見方でまとめることができます。それは、学校が児童生徒を「学校へ振り向かせ、引き戻す」存在であった時代から、児童生徒やその家庭が「自分に合った学びの場、わかる授業の場」を能動的に選ぶ時代へと、教育をめぐる力学そのものが移り変わりつつある、という見方です。学校の側が児童生徒を一方的に迎えに行くのではなく、児童生徒や家庭の側から「選ばれる」存在であることが、これからの学校には求められ始めています。
哲学者・教育学者の苫野一徳氏は、著書『「学校」をつくり直す』などで、「みんなで同じことを、同じペースで、同じようなやり方で」学ぶという、これまでの学校のあり方そのものが、不登校やいじめ、学級崩壊など、さまざまなひずみを生み出していると指摘しています。そのうえで、学びを一人ひとりに合わせて「個別化」しつつ、他者とゆるやかに「協同化」し、探究的な「プロジェクト化」と組み合わせていく教育への転換を提唱しています。この議論は、このサイトでここまで見てきた現象、つまり通信制高校の増加から行事の選択的な不参加まで、を裏側から説明する理論的な枠組みの一つとして読むこともできます。
ただし、「選べること」は誰にでも平等ではない
一方で、この見方には注意も必要です。学びの場を「選ぶ」という行為の背後には、選ぶための情報を集める力、判断し後押ししてくれる保護者の存在、そして選択肢によっては経済的な負担といった、いくつもの前提があります。私立の通信制高校の学費や、フリースクールの利用料を負担できる家庭と、そうでない家庭とでは、実際に選べる範囲が大きく異なります。また、家庭に頼れる大人が少ない子どもにとっては、皮肉なことに、たとえ本人にとって楽ではなくても、毎日決まった時間に大人が見守ってくれる学校という場そのものが、最後のセーフティネットとして機能してきた面もあります。「選べる時代」への移行は、選択肢を持てる子どもとそうでない子どもの間に、新しい格差を生みかねない側面も併せ持っています。苫野氏自身も、行き過ぎた「個別化」は「孤立化」を生みうると注意を促しており、個別化と協同的な学びのバランスをどう設計するかが、学校づくりのこれからの課題になっています。